薔薇物語~ カトリーヌ ドヌーヴ

オレンジ朱色のバラ
女優 カトリーヌ ドヌーヴの名を冠にしたバラ「カトリーヌ ドヌーヴ」
—女優・カトリーヌ ドヌーヴ—

本名(CATHERINE FABIENNE DORLEAC)カトリーヌ・ファビエンヌ・ドルレアック
1943年フランス・パリに生まれ、生粋のパリジェンヌ。

両親、姉、二人の子供も俳優。
先にデビューしていた、姉フランソワーズ・ドルレアックに気遣い、母の旧性ドヌーブに。

「シェーブルの雨傘」のポスター 1963年ミュージカル映画「シェルブールの雨傘」がカンヌ映画祭でグランプリーを獲得、人気は決定的に。

匂い立つような妖艶さを活かしつつ、演技にも磨きがかかり多数の作品に出演し、そのどれもが代表作といえる名演。


映画「ロシュフォールの恋人たち」

1966年映画「ロシュフォールの恋人たち」で2歳上の姉フランソワーズ・ドルレアック共演。
明るく社交的な姉に控えめな妹、美しい姉妹として有名に。

1967年「ロシュフォールの恋人たち」が公開。
同年姉フランソワーズ・ドルレアックが、カンヌ郊外で自動事故にて25歳の若さで死亡。


カトリーヌ・ドヌーヴと渡辺謙のアカデミー賞で舞台挨拶のシーン

2007年2月、第79回米国アカデミー賞授賞式に出席。
渡辺謙氏と2人で非英語圏俳優代表として舞台に、賞が設定されて50周年を迎えた外国語映画賞の歴史を紹介。


◆プライベート
1961年からロジェ・ヴァディム監督「(注1)B.Bの元夫」と交際。
髪をブルネットからブロンドにすることを薦められ、また女優としても成長。

1963年クリスチャンを出産。
しかし結婚はせずにその年に別離。

1965年写真家デビッド・ベイリーと結婚。
ヴァディム監督が女優「(注2)ジェーン・フォンダ」の元に走ったことによるショックで衝動的に結婚したそうで、当時は話題に。
1970年離婚。

1972年俳優マルチェロ・マストロヤンニとの間キアラを出産、1975年未婚のまま破局。
晩年ガンを患ったマルチェロを看病し、長女と共に臨終に立ち会ったそうです.


◆家族
・父モーリス・ドルレアクは俳優。
・母ルネ·ドヌーブ(ジャンヌルネ・ドヌーブ)は舞台女優。
・姉フランソワーズ・ドルレアックは、クルスチャン・ディオールのモデル、1957年映画デビュー。

・息子クリスチャン・ヴァディム(ロジェ・ヴァディム監督との子)父の作品で映画デビュー。
・娘キアラ・マストロヤンニ(俳優マルチェロ・マストロヤンニとの子)母と共演作「私の好きな季節」でデビュー。
2002年フランスの歌手兼プロデューサーのバンジャマン・ビオレと結婚し、一児の母。



※注1(B.B)
ブリジット・バルドー(Brigitte Bardot)
1934年フランス・パリーに生まれ、頭文字のB.B(フランス語で赤ん坊の意味)の愛称で呼ばれる。
裕福な家庭に生まれ、幼少の頃よりバレーなどを習い、雑誌のカバーガールをする。
兼ねてより実家に出入りしていたロジェ・ヴァディム監督に進めれて女優に。

1952年18歳でロジェ・ヴァディム監督と結婚。
1956年ロジェ・ヴァディム監督作品「素直な悪女」で男を翻弄する小悪魔を演じ有名に。
1957年離婚。


※注2ジェーン・フォンダ
1937年アメリカニューヨーク州生まれの女優、政治活動家。
名優ヘンリー・フォンダ(生涯5度結婚)と2度目の妻(1936年結婚)ニューヨーク社交界の大物シーモア家の娘で弁護士フランシス・シーモア・ブロカウ(1950年精神疾患による自殺)との子共。

ヴォーグのカバーガールやモデル、舞台などを。
アカデミー賞候補に7度ノミネートされ、1971年「コールガール」と1978年「帰郷」で主演女優賞を2度受賞する実力派。

1965年ロジェ・ヴァディム監督と結婚。
1973年離婚し、すぐに政治活動家トム・ヘイドンと再婚。
1970年頃から1975年までベトナム反戦運動に傾倒。
1989年トム・ヘイドンと離婚。


※カトリーヌ・ドヌーヴは当時世界一の美女とまで言われていました。
カトリーヌ・ドヌーブポスター ブリジット・バルドーポスター ジェーン・フォンダポスター


 

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